セメント用超可塑剤の投与量管理
1.はじめに
コンクリートの主な構成要素は,セメント,水,および砂と砂利からなる骨材である。セメントの水和反応には水が不可欠であり,完全に水和させるためには,セメント質量の25~30%の水を必要とする。しかし,この水量ではコンクリートが硬すぎて使用できないため,作業性を高めるために最大で必要量の2倍の水を加えることがある[1]。この余分な水は硬化後のコンクリートに隙間を生じさせ,強度を低下させるだけでなく,化学物質が内部に浸透しやすくなり,長期的な劣化を引き起こす原因となる。また,硬化時の骨材の沈降により,材料中の性質が不均一になる原因にもなる。
水量が不足している場合にコンクリートが扱いにくい理由は,セメント粒子が凝集してしまい,変形しにくいネットワーク構造を形成するためである。コンクリートに必要な水分量を減らすために添加されるのが,超可塑剤(別名:高性能減水剤,HRWRAs)である。超可塑剤はセメント粒子表面に吸着し,粒子間に反発力を生じさせることにより,粒子間のネットワーク構造を破壊し,少ない水量でもセメントを扱いやすくする。その結果,より高強度で耐久性に優れたコンクリートの製造が可能となる。
近年の超可塑剤は,セメント粒子表面への吸着を促進する負に帯電した主鎖,および,立体障害を与えるために外側に伸びた側鎖により構成されたポリマーであることが多い[1]。2.熱可塑剤の最適添加量
一般的な目安として,超可塑剤はセメント重量に対して1 ~ 2%程度添加する。しかし,これは大まかな目安であり.正確な添加量はセメント粒子の表面積・形状や構造・化学組成によって異なり,また,超可塑剤の性質によっても異なる。超塑性剤を添加しすぎると,粒子の枯渇凝集を引き起こす可能性があるため,超可塑剤の最適な添加量(飽和添加量)を見極める必要がある。
飽和添加量は超可塑剤の最適な種類や飽和添加量,セメントの種類によって大きく異なる。そのため,実際に使用するセメントに合わせて決めることが望ましいが,見極めにはスランプテストやレオロジー測定を行う必要があり,多くの時間を要する[2,3]。
現在では,超可塑剤の表面被覆状態を確認する指標としてゼータ電位が用いられており,日常的な試験の実施も可能になっている。以前からゼータ電位を評価指標として利用することはあったが,ゼータ電位を測定するために試料を大幅に希釈する必要があった。希釈は時間がかかる上に,pHや粒子周囲の溶媒の電解質濃度を変化させるため,ゼータ電位に影響を及ぼす。当社のZetaProbeは高濃度のセメント混合物中の粒子のゼータ電位を測定できるため,希釈における問題を解消できる。
3.ZetaProbeを用いた超可塑剤の添加量評価
・実験概要
この分野におけるZetaProbeの使用例として,2種類の超可塑剤を使用したポルトランドセメントに対する濃度滴定を実施した。セメントと水を混合し,粒子濃度が66.7 wt%になるように調製した。また,本実験では,スイスのデューベンドルフにあるスイス連邦材料科学技術研究所(EMPA)の建設化学グループから提供されたセメントと超可塑剤を使用した。
一般的に,セメント粒子は粒径分布が広く,10 µmを超える粒子が大きな割合を占めている。ゼータ電位測定においては大きな粒子を分散させ続けるために撹拌する必要がある。ZetaProbeでは,強力な攪拌が可能なため,大きな粒子を分散させたまま,添加した超可塑剤を66.7 wt%の分散液に均一混合することが可能である。また,セメントの粒子濃度が高い場合のpHとイオン強度では,粒子のゼータ電位の絶対値が小さいことも問題である。EMPAから提供されたセメントの場合,pHは約12.8 ~ pH13.0,電気導電率は1.5 ~ 1.8 S/mの範囲であった。
・バックグラウンド補正
ZetaProbeでは,分散液中にMHzの電圧を印加し,発生した超音波(ESAシグナル)を測定することでゼータ電位を算出する[4]。このESAシグナルは,粒子やイオンを含む分散液中のすべての帯電粒子から発生する。多くの分散液では粒子からの出力が大きいため,イオンからの出力を考慮する必要はないが,本アプリケーションで扱うような電気伝導率の高い試料では考慮する必要がある。精度よくゼータ電位測定を行うため,イオンから生じたESAシグナルを差し引く必要がある(バックグラウンド補正)。これは,粒子を除いた分散液(バックグラウンド液)を測定し,ZetaProbeのソフトウェアの再解析機能を用いることで,目的粒子以外の物質からのESAシグナルの出力を差し引くことができる。
本アプリケーションのバックグラウンド液は以下の方法で作成した。
①蒸留水に66.7 wt%のセメントを添加し,30分間ビーカーで沈殿させる。
②66.7 wt%のセメント分散液の電気伝導率と等しくなるように,得られた50 mlの透明な上澄み液に蒸留水を加える。
具体的には,電気伝導率が1.75 S/mになるように,上澄み液に約5 mLの蒸留水を加えた。
調製後,ソフトウェアのバックグラウンド測定機能を用いて作成したバックグラウンド液を測定した。バックグラウンド補正を適用し,分散液のESAシグナルから電解質のESAシグナルを差し引くことで,粒子のESAシグナル分のみのゼータ電位を算出できる。
・ゼータ電位の経時変化測定
セメントは平衡を保たない系であり,電気導電率は時間とともに増加し続ける。セメントのゼータ電位の時間依存性を確認するため,試料調製後,約25分間のデータを記録した。図1は粒子濃度66.7 wt%のEMPAセメントのゼータ電位と時間の関係を示すグラフであり,バックグラウンド補正の有無を併せてプロットした。
図1より,バックグラウンド液中のイオンからの出力が,見かけのゼータ電位を相対的に,より正の方向にシフトさせていることが分かる。つまり,バックグラウンド液中のイオンからのESAシグナルは正の出力であり,粒子からのESAシグナルは負であったため,一部を相殺したと考えられる。
また,図1において,経過時間軸の0は,粉体を水に添加してから約5分後に相当する。ゼータ電位と電気導電率の最初の変化は,粉体を水に添加してから20分以内に現れたといえる。●超可塑剤の濃度滴定
50 gの蒸留水に乾燥状態のセメント100 gを加えた分散液を2つ調製した。超可塑剤の滴定量は少量から始め,徐々に滴定量を増やし,ゼータ電位の値が平衡に達するまで滴定を行った。
図2は,2種類の超可塑剤を用いた濃度滴定の結果である。前述に従い,試料ごとにバックグラウンド補正を行った。
図2より,どちらの超可塑剤においても滑らかな曲線であり,「PCE-M4」のようなゼータ電位の絶対値が小さい試料でもZetaProbeでは高精度に測定できることが分かる。
「S-200」はアニオン系の超可塑剤であり,静電的反発力を大きくする効果があると予想できる。「PCE-M4」においては,立体障害による反発を利用しており,分子表面が平らではなく,分子の一部が電気二重層まで伸びているため,粒子周囲の電気浸透流を抑制してしまい,ゼータ電位の絶対値を小さくしたといえる。
図2より,どちらの超可塑剤においても,乾燥状態のセメント100 gに対して約0.6 mLの滴定量で粒子表面を修飾できていることが分かる。このように,濃度滴定を行うことで飽和添加量を見極めることができる。
また,この超可塑剤の濃度滴定はそれぞれ30分で測定完了しており,前処理も不要なため,品質管理などで簡単に実施できる。
4.まとめ
本アプリケーションでは,超可塑剤の飽和添加量の見極めに着目したが,ZetaProbeでは他にも評価できることがある。超可塑剤のもう1つの重要な特性は,セメントとの相性である。超可塑剤とセメントの相性が悪い場合,超可塑剤が水和生成物に入り込むため,超可塑剤の効果時間は約10分から15分程度と非常に短い。この不適合性はゼータ電位の初期変化を比較的短時間で逆転させるため,ZetaProbeにおいて評価可能な現象である。
参考文献
- Flatt, R.J., Martys, N. and Bergstrom, L. "The Rheology of Cementitious Materials".MRS Bulletin, p314 (2004).
- Hyuan, J.K., Stacy G.B. and Victor C.L. "Effects of strong polyelectrolyte on rheological properties of concentrated cementitious suspensions" Cement and Concrete Research 36, p851 (2006).
- Aitcin, P-C, Nkinamubanzi, P-C, Jiang, S., Petrov, N. and Byung-Gi, K. "Cement/superplasticizer interaction.The case of polysulfonates" Bulletin Des Laboratoires des Pont et Chaussees 233, p89 (2001)
- See the article CD measurement techniques.pdf in the Products page on colloidal-dynamics.com/index.php